【当たり前】ではない

こんばんは🌙
今週のブログ担当のアテンダント来馬です☺️
5月に入り暖かい日が続きますが朝晩の寒暖差に少し不調気味です🤧
みなさまお身体に気をつけてお過ごしください。
先日、父の三回忌を迎えました。
「もう三年なんやね」と家族で話しながらも、
ふとした瞬間に父を思い出すことは今でもたくさんあります。
生前は当たり前のように感じていたことも、亡くなってから改めて「父は本当に家族のために頑張ってくれていたんだな」と感じることが増えました。
仕事をして、家族を支えて、何気ない毎日を守ってくれていたこと。
言葉にするのは少なかったけれど、不器用な優しさの中にたくさんの愛情があったのだと思います。
以前、私が母に
「お父さん、1回も夢に会いに来てくれんよ〜笑」
と何気なく話したことがありました。
すると母が少し笑いながら、
「きっと、お父さんあーちゃんに心配かけんように出てこんのやわ笑」
と言ってくれて、その言葉になんだか胸がじんわり温かくなりました。
悲しいだけではなく、こうして思い出話をして笑える時間があること。
それもきっと供養のひとつなのだと思います。
また、よく出る話題で通夜の日。
私たちの沈んだ空気を感じ取ったのか、当時小学1年生だった甥っ子が突然「腹筋100回!」を始めました。
「みんなを元気づけようとしてくれているのかな」と、その健気な姿に少し笑顔がこぼれたのを覚えています。
ところが翌日の告別式後、火葬場で甥っ子が「お腹が痛い…」とぐったり…。
みんなで心配していた中、ふと誰かが
「……昨日の腹筋100回のせい??」
と言い出し、その場が思わず和やかな空気に包まれました。
悲しみの中にも、こうして家族で笑い合えた時間があったこと。
今振り返ると、それも父が残してくれた温かな時間だったように感じています☺️
法要では、家族が集まり、改めて故人を偲ぶ時間となりました。
忙しい毎日の中で、なかなか立ち止まって故人を想う機会は少なくなってしまいますが、こうした節目があることで「ありがとう」を伝え直せる気がします。
亡くなってから気づく優しさや偉大さ。
そして、残された家族の中で今も続いている温かな思い出。
これからも父を想いながら、家族との時間を大切にしていきたいと思います😌✨
長文となりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました🌼
