熊野速玉大社例大祭
事務パートタイマーの玉置です。
10月15日,16日に熊野速玉大社例大祭が執り行われました。
初日には神馬渡御式が行われ、2日目の御船祭は、
神霊が御輿・神幸船で御旅所へ渡御する古儀の祭礼です。
※2009年の御船まつり この時は神幸船をウォータージェット船が先導していました。
国の重要無形民俗文化財に指定されていて、
祭りを締めくくる神事・御船祭では、
熊野速玉大社近くの熊野川で、
9隻の早船が約1.6km上流にある御船島を3周する
早船競漕(きょうそう)があります。
御船まつりというと『早船競漕』が
クローズアップされがちですが、
※2009年 早船競漕を追いかける熊野川川舟くだりの舟上から撮影
早船が出発してから追いかけるようにいわれていたので、最後の一艇しか撮影できませんでした。
熊野人なら『熊野権現御垂迹縁起』を
再現した祭りであることを知っておきたい。
中国から九州彦山、四国の石鎚山、淡路島の遊鶴羽山、
紀伊の国の切部山に飛んできた神様はついに熊野の神倉山に下り、
次に阿須賀神社北側にある石淵(いわぶち)谷
(現在は紀宝町鵜殿、貴祢谷社)に勧請されて、
その時に初めて結早玉・家津美御子と称し‚
神様は姿を現わしたと言われています。
結早玉・家津美御子
(速玉大神=イザナギノミコト、夫須美大神=イザナミノミコト、
家津美大神=スサノオノミコト 熊野三大社の主祭神)
その後、石淵谷から新宮に遷座されたという神話を表しているそうです。
御船祭は、速玉大神の奥様の夫須美大神がご実家?
とされる御船島へ渡られる祭りで、
夫須美大神を乗せた御輿・神幸船を先導する形で、
9隻の船が競漕するのだそうです。
※2009年 御船島から熊野川河原にもどってきたお稚児さん。すごいオーブです。神様が喜んでいらっしゃる?
この神話の伝承に納得するのが、
阿須賀神社の北の岩淵が発端ですので、
神幸船に乗れるのは鵜殿の住民であること。
さらに、御船島でお稚児さんが夫須美大神を迎えるのですが、
こちらも鵜殿の小学生女児しか担えないそうです。
太古の昔から育(はぐく)まれた熊野の歴史。
日本の歴史は熊野から始まったというのも
私たちの誇りにしたいところですね。